40代、塾講師、会社辞めてアフィリエイト始めるってよ!

40代塾講師が会社を辞め、予算500万円・500日でアフィリエイトで法人化を目指すストーリー

ユーミンと小池百合子都知事の対談をAMラジオで聞きながら

退職までのカウントダウン。あと21日。

 

AMラジオでユーミン小池百合子知事の対談を聞きながら、車の中で会社の先輩(私より年齢は年下だけど)が来るのを待っていました。

 

対談の内容は・・・大部分は忘れてしまったのだけど、ユーミンが被害妄想と誇大妄想を行ったり来たりするから、自分はアーティストなのだ、みたいなことを話していたのをおぼえています。

 

彼女は傷つきやすいから、表現するときはひきこもるらしく、そんな時に良いアイデアに出会うとのことでした。

 

しばらくすると、先輩はニコニコしてやってきました。今日は、入社以来お世話になった先輩に、今年度をもって「退職」することをうちあける日。

 

教科のこと、生徒のこと、会社のあれこれ、噂話から上司の愚痴まで、腹を割って話せる大切な存在だっただけに、複雑な気分でした。

 

いつものラーメン屋に入ると、カウンターで肩を並べて食事をしました。注文したラーメンがちょうど目の前に置かれたとき、私はこう切り出しました。

 

「今日、ラーメン食べる約束してたけど、電話がなかったらバックレようと思ってました。なぜなら、退職することを面と向かって伝えなければならなかったから・・・」

 

「なんとなく・・・そんな気がしてたよ!まあ、食べよう」

 

それからは何も語らず、ラーメンを無心で食べました。

 

場所をかえていつものファミレスへ。場所を移して今後の話をしました。

 

「お金以外ならいつでも助けにのるよ。」という言葉。関西人らしいな、と思いました。

 

アフィリエイト虚業だから・・・生活できるの?」という言葉がちょっと気に障ったけど、まだまだ世間ではそんな印象なのかもしれません。

 

明後日に、生徒の合格発表をひかえ、お互いが、校舎の中で、1年間、いかに頑張って来たか、しばらくの間、熱弁をふるっていた。

 

新入りのカワイイ女子大生風のアルバイトの子がお水を運んできてくれた時のことでした。小さな間があいて、彼がこう、つぶやきました。

 

「でも・・・、俺、50歳になったら引退しようと言ってたけど、あと15回もおんなじことやらなければならないんだよな・・・・」

 

彼には、二人の娘がいて、つい先日、待望の男の子を授かったばかり。マイホームも取得済みです。一方、私は独身で、守るものはありません。彼は新卒はえぬき。私は中途採用

 

生きるステージが異なり、それぞれの道をゆくことになるけど、連絡を取り合うことを約束して解散しました。

 

「男の人生は十字路の連続である」、と言ったのは小説家の北方謙三さんです。

高校時代、勉強そっちのけで「試みの地平線」を読んだものだった。

 

あれから 25年。「十字路が見える」というエッセイ集を本屋でみつけた。

 

人生の十字路は「見えてくるもの」だと、北方さんは著書の中で述べています。

迷いが、決意が、生き方のあてどなさが、それを見せる、と北方さんはいいます。

 

二十歳の時、私の人生で、一度目の十字路があらわれました。

 

すべり止めの大学に失意のまま入学するも1ヶ月で休学。この時、私は1度目の人生の十字路を曲がったと思います。「男としてのアイデンティティー」的なものが急に欲しくなった私は中学時代の同級生(ちょっとヤンチャな人たち)の紹介で肉体労働をしてお金を稼ぎました。

 

建築現場の鉄パイプを運ぶことが「筋トレ」になって、人生で一番体が締まっていた時期でした。。色々な世界の人と交流する中で、自信を取り戻し翌年復学。サークルやゼミ活動でも、たくさんの友人に恵まれる契機になりました。

 

44歳の冬。人生二度目の十字路が前方にはっきりとあらわれた。あれから25年。

このまま、サラリーマン塾講師として「地味に」人生は過ぎていくのだろうと思って生きてきました。

 

次の十字路を曲がったら、あの時みたいに、様々なものに出会えるのだろうか?

 

二十歳の時に出会った世界は唖然とするものでした。大学を休学して不安でお先真っ暗でしたが「世界」を見てやろうという気概に満ちあふれている、そんな時期でした。

 

今、私はまた十字路を曲がろうと考えている。

 

北方健三さんは言っている。

 

十字路を曲がった先は、暗いよ。

 

暗黒という風にさえ感じられる。

 

闇の中でも、かまわず疾走すれば・・・

 

一点の光が見えてくる。